2026.03.11 / 新生児の検査
新生児マススクリーニングと拡大スクリーニングの現状と展望
新生児マススクリーニングと拡大スクリーニングの現状と展望
― 日本の歴史的経緯、国の施策、国際的潮流を踏まえた考察 ―
はじめに
新生児マススクリーニング(Newborn Screening: NBS)は、出生直後には臨床症状が乏しい先天性代謝異常症や内分泌疾患を早期に発見し、不可逆的な臓器障害や死亡を予防することを目的とした公衆衛生施策である。日本では1977年に制度化され、現在ではほぼ100%の新生児が受検する国民的医療インフラとして確立している。
近年、遺伝子治療・酵素補充療法などの治療学の進歩により、従来は治療困難であった疾患が「治療可能疾患」へと変貌しつつある。この変化を受け、従来の20疾患に加えて、より重篤で治療可能な疾患を対象とする「拡大新生児マススクリーニング」が国際的に急速に普及している。本稿では、日本のNBSの歴史的経緯、国の施策、拡大スクリーニング導入の背景、そして対象疾患の医学的意義について専門的観点から論じる。
1.日本における新生児マススクリーニングの歴史的経緯
■ ガスリー法の導入と制度化
1960年代、米国のRobert Guthrie博士がフェニルケトン尿症(PKU)の早期診断法として開発した「ガスリー法」は、世界的なNBSの起点となった。日本では1967年に試行的導入が始まり、1977年に母子保健法に基づく公的事業として制度化された。
当初の対象疾患はPKU、メープルシロップ尿症、ホモシスチン尿症、ガラクトース血症、先天性甲状腺機能低下症の5疾患であったが、その後対象疾患は段階的に拡大され、現在はタンデムマス法(MS/MS)を用いた18の先天代謝異常症と2つの内分泌疾患(CH・CAH)の計20疾患が全国共通で実施されている。
■ 法的根拠と国の施策
新生児マススクリーニングは母子保健法第13条に基づく乳幼児健康診査・検査事業として位置づけられ、国および地方自治体の責務(同法第5条)として明確に規定されている。
さらに2023年の「成育医療等の提供に関する施策の総合的な推進に関する基本方針」では、 「新生児へのマススクリーニング検査の実施により先天性代謝異常等を早期に発見し、治療につなげる」 ことが国の重点施策として明記され、NBSの重要性が改めて強調された。
2.タンデムマス法の導入と検査精度の向上
2000年代以降、ガスリー法に代わりMS/MSが導入され、1回の測定で多数のアミノ酸・アシルカルニチンを同時定量できるようになった。これにより、
- 検査精度の向上
- 対象疾患の大幅な拡大
- 偽陽性率の低下
- 検査効率の飛躍的向上
が実現した。
現在、日本ではMS/MSにより年間500〜600名の患者が早期発見されており、導入前と比較して救命率・長期予後の改善に大きく寄与している。
3.拡大新生児マススクリーニング導入の背景
■ 国際的潮流
米国ではRecommended Uniform Screening Panel(RUSP)として35疾患が推奨され、特にSCID(2010年追加)とSMA(2018年追加)は、発症前治療の有効性が確立していることから世界的にスクリーニング対象疾患として定着している。
欧州・アジアでも拡大NBSが進み、日本も国際的潮流に合わせて対象疾患の拡大が求められてきた。
■ 日本での導入の動き
2023年度、こども家庭庁がSCID・SMAの2疾患について実証事業を開始し、検査料を公費負担とした。これにより、複数自治体で「オプション①」(SCID/SMA)が実質無料で実施可能となった。
なお、「オプション①」「オプション②」という区分は、KMバイオロジクス株式会社 新生児スクリーニングセンターが提供する検査体系に基づく用語であり、全国統一の行政用語ではない。しかし、福岡県の医療現場では実務上の利便性から広く使用されている。
一方、ライソゾーム病群・ALD・ADA欠損症などは自治体による公費化が進んでおらず、医療機関による任意検査(オプション②)として実施されている。
4.対象疾患の医学的特徴と早期診断の意義
■ SCID(重症複合免疫不全症)
- 発症頻度:5〜6万人に1人
- T細胞機能が著しく低下し、重篤な感染症を反復
- 発症前に造血幹細胞移植を行えば生存率90%以上
- ロタウイルスワクチン・BCGが致命的となる可能性
→ 出生直後の診断が極めて重要
■ SMA(脊髄性筋萎縮症)
- 発症頻度:2万人に1人
- SMN1遺伝子欠失による運動ニューロン変性
- 発症前治療(スピンラザ、ゾルゲンスマ、リスジプラム)で歩行獲得率が劇的に改善
→ 症状出現前の診断が予後を決定
■ ライソゾーム病(ファブリー病・ポンペ病・ゴーシェ病・MPS I/II)
- 発症頻度:7,700人に1人
- 酵素欠損による細胞内蓄積障害
- 酵素補充療法(ERT)や分子標的治療が確立
- 早期治療で臓器障害の進行を抑制
→ 新生児期診断がQOLと長期予後に直結
■ ALD(副腎白質ジストロフィー)
- 男児に多いX連鎖疾患
- 脳白質の脱髄が急速に進行
- 発症前に造血幹細胞移植を行えば進行抑制が可能
→ 発症後では治療効果が著しく低下
■ ADA欠損症
- SCIDの一型
- 酵素補充療法・遺伝子治療が可能
- 早期治療で免疫機能の回復が期待できる
5.費用と実施体制(当院の例)
当院では、新生児マススクリーニングおよび拡大スクリーニングの実施にあたり、検査料と採血関連費用を明確に区分して運用している。従来の20疾患を対象とした新生児マススクリーニング(先天性代謝異常症等検査)については、全国共通の制度として検査料は公費で全額補助される。一方、採血に伴う技術料、指導料、検体郵送費などは公費の対象外であり、当院ではこれらを合わせて6,000円(非課税)を保護者に負担いただいている。
重要な点として、オプション①(SCID・SMA)を追加した場合でも、保護者の負担額は変わらない。オプション①はKMバイオロジクス株式会社 新生児スクリーニングセンターが提供する検査体系に基づく区分であり、検査料は国の実証事業により全額公費負担となっている。当院では新生児マススクリーニングと同一の採血ろ紙を使用するため、追加の採血や追加の採血料は発生しない。したがって、 「20疾患のみの通常スクリーニング」でも 「20疾患+オプション①(SCID/SMA)」でも 保護者負担は一律 6,000円(非課税)である。
一方、オプション②(ライソゾーム病群、ALD、ADA欠損症)については、同じくKMバイオロジクス社の検査体系に基づく区分であるが、現時点では国の公費事業の対象外であり、当院では検査料・採血関連費用・指導料・郵送費を含めて12,000円(非課税)を保護者に負担いただいている。
6.今後の課題と展望
■ 全国的な対象疾患の標準化
現状、拡大NBSの対象疾患は自治体・医療機関によってばらつきが大きく、国としての標準化が求められる。
■ 公費化の拡大
SCID/SMAに続き、ライソゾーム病群・ALD・ADA欠損症なども公費化の議論が進む可能性がある。
■ データ収集とエビデンス構築
日本人集団における発症頻度、治療効果、費用対効果のデータ蓄積が不可欠である。
おわりに
新生児マススクリーニングは、日本の小児医療における最も成功した公衆衛生施策の一つである。近年の遺伝子治療・酵素補充療法の進歩により、従来は治療困難であった疾患が「治療可能疾患」へと変貌しつつある。その中で、拡大新生児マススクリーニングは疾患の自然歴を根本的に変える可能性を持つ医療技術であり、今後の小児医療・産科医療において中心的役割を担うことが期待される。
産婦人科医・小児科医は、最新のエビデンスと国の施策、そして検査提供企業(KMバイオロジクス株式会社)の検査体系を正しく理解し、保護者への適切な情報提供と意思決定支援を行うことが求められる。

